5人の王
一緒に寝るふうふ
R-18/ウィロウ×シアン
その日、ウィロウはいつになく人相が悪かった。おまけに機嫌も悪く、寝室でくつろいでいたシアンを見るなりうんざりしたような顔をした。
ここ北方で整備局長として働くウィロウは、数ヶ月後には王都へ戻る。賢者の急な退任にともなって、ウィロウの代理で水道長官を務めていたロイヤルエールフォルスが新たな賢者となるからだ。空いてしまう長官の席を埋めるべく、慌ただしい交代が決まってからというもの、通常の業務に加えて引継の手筈を整えることになったウィロウは屋敷に戻らない日が増えた。
無言のままシアンをにらんだウィロウの、湿った毛先から水滴が落ちる。湯を浴びてきたのだろうにその顔は白かった。
「……あのさ。まさかとは思うけど、すんの?」
「しない理由があるのか」
「おれ、三日くらい寝てないんだけど」
「それで?」
うながすと、ウィロウはため息をついて部屋に入ってきた。脇に挟んでいた書類を机へ放り、シアンの座る寝台に向かってずかずかと歩いてくる。大きな音を立てて隣へ腰かけると、据わった目でシアンを見た。白目がすこし赤くなっていた。
「あんた、しばらくおとなしくしてくれねえ? 三日前にも言ったけどさ」
「さわがしくしているつもりはないが」
「そーじゃなくて。そうじゃなくてな。わかんねえ?」
「なにが言いたい」
ウィロウは絶望したような表情になって、頭をかかえ、くしゃりとかき回した。ほどかれた赤毛が肩にちらばって、やわらかそうでさわりたくなる。伸ばした手が、顔を上げてきたウィロウの肩に当たって、ウィロウはびっくりしたような顔をした。
嫌そうにも見える微妙な目つきでシアンの手をにらむ。
「たまには、一緒に寝るだけでよくないか。毎度毎度そういうことしなくてもさ……」
「おまえは私を愛していないのか」
「またそれかよ! 一緒に寝るだけじゃあんたのなかで『アイシテル』ことになんねーの、謎なんだけど!」
応酬するうちになんとなくウィロウの言いたいことがわかった。つまりは交尾を拒みたいのだ。
そのまま聞くと、シアンへの愛が冷めたともとれるが、言い返してくる内容を聞くかぎりそうではないらしい。「つーかおれは仕事持って帰ってきてんだから、自分の部屋で寝ろよっ」とさらに言いつのってくるのを聞き流しながら、シアンはなぜか握りしめていた手のひらをゆるめた。
「仕事があるというのなら、交尾のあとにすればいいだろう」
「交尾って言うな! 言うならしないって前言ったろ!? 外で言ってねえだろうな、もう……はああ」
ひとしきりわめいてからうなだれたウィロウを横目に、シアンはさっさと寝台へ横になった。薄い夜着の前を解き、脚も開く。「時間がないのだろう。協力してやるから来い」と声をかけると、ウィロウはしばらく黙ってから「おれ、なんであんたと結婚してんのかな」と低い声でつぶやいて、のそりと覆いかぶさってきた。
頬へ手がふれてくる。かさついた指先は、記憶にあるものより冷えていた。キスをされても、からめられる舌がどうにものろい。
ウィロウにさわられているだけで心地よかったが、ぞわりとするような感覚には遠かった。じっとウィロウを見つめると、ウィロウがまばたきをする。それすら亀の歩みのようにゆっくりとしていた。
「やべえ。たたなかったらどうしよ」
ぽそっとウィロウが言う。シアンが「なに?」と聞き返すと、ウィロウは気だるげに頭を振って、シアンのものを撫でてきた。のろのろと扱きながら、首筋に顔をうずめてくる。すう、と息を吸われるのを感じてぞくぞくした。
舌先が皮膚のうすいところを這いのぼり、耳の後ろへまわって、そこでまたすう、と音がする。かろうじてシアンをさわっていた手が、とうとう錆びついたように動かなくなった。すう、すう、とつづけて聞こえて、シアンはようやく「ウィロウ」と声を上げた。
たずねなくてもわかる。どう考えても寝息だった。
シアンにのしかかったまま気持ちよく眠っている。中途半端にさわってきた手もそのままで、しかたなくシアンは身体の向きを変えて、ウィロウの顔を見た。
今は伏せられた、オレンジの瞳のしたがくろぐろとしている。指だけでなく肌もかさついていて、体温が低い。二歳差とは思えないほど寝顔があどけなく見えた。交尾のまっ最中に勝手に眠られたのに、全然怒る気持ちがわいてこないのが不思議で、おかしかった。
静かに見ていると、突然びくりと跳ねる。それから飛ぶように身体を起こした。
「ぅあ、おれ、寝てた!? へ、シア、あっ」
動転していたのが、シアンと目が合ったとたんに、はっとした顔になる。
「よく眠れたか」
「あ……」
たずねると、一気にばつが悪そうな表情を浮かべた。
一瞬だけ目をそらして、それからこちらに向き直り、シアンを抱きしめてくる。その手つきはよどみがなく、眠気も感じさせなかった。
「悪かった。あんたとこうすることがつまんないとか、飽きたとか、そんなの全然ないから。つづきしていい?」
はっきりとした声で言い、くちを近づけてくる。真剣な相手とはうらはらに、シアンはどこか楽しい気持ちになっていた。撫でられるのは変わらずよかったが、すこし考えて体勢を入れ替える。細められていた瞳がびっくりしたのか丸くなった。
くるくる動くまぶたにシアンがゆっくりキスをすると、ウィロウは目に見えて赤くなる。
「き、急になに」
「急?」
「あんた、なんでそんな」
「よく眠れないか?」
触れ合うだけのキスを何度も落としながら、「おまえも私にするだろう」とささやく。ウィロウはぎくしゃくと身じろぎ、ひっくり返った声で「寝かしつけてるつもり?」とたずねてきた。答えるかわりに身を寄せると、ひざがウィロウのものに当たる。
「……なぜ勃たせているんだ」
「いや……あんたは眠れるんだろうけど。おれは、あんたにこういうことされたら、やらしい気持ちになるんだけど……」
語尾がしぼんでいく。ちらりと見れば、ウィロウはすっかり真っ赤になって、オレンジ色を潤ませていた。
照れているのが可愛かったけれど、シアンはそれに構わず「そうか」とだけ言って横たわる。そして、ウィロウの背中に手をまわし、ぽんぽんと叩いた。
「だが私はもう寝る」
「……は」
「おまえも寝ろ」
ちゅ、と音を立てて額にキスしたのを最後に、シアンは目を閉じた。ふれ合っている身体はすっかり温かくなっていて、交尾ほどではないが、心地よかった。
驚愕と非難が入り混じった「うっそだろ……」という声に、笑いそうになる。
シアン、シーちゃん、と呼ぶのを黙らせるべく、力を込めて抱きよせると、腕のなかの身体はややあってから諦めたように脱力した。そのうちに整ってきた寝息を聞きながら、『一緒に寝るだけ』も案外悪くない、とシアンは考えを改めることにした。