淫魔の王

本編
恍惚の悪夢と衆人環視の尿道調教 - 2
傾向:連続絶頂/濁点喘ぎ/媚薬/近親相姦

 街灯に火が灯される。窓からわずかに見えるそれが手繰る本の頁を照らすのを、アールは椅子に腰かけながら見つめていた。
 ベッドの上で何かが動く。ん、と掠れた声で呻くそれが薄っすらと開いた目は腫れぼったかった。ぐしゃぐしゃの赤毛を掻きながら身を起こし、ほとんど裸同然の身体を見下ろして息をついたのはザックだった。
「も⋯⋯夜?」
「ああ」
 散々貪られた身体が軋むのか、ザックは億劫そうに立ち上がり、脱ぎ散らかされた衣服をいそいそと身に付ける。そのまま出て行こうとする背に声をかけた。
「どこへ行く」
「どこって⋯⋯宿に帰るんだよ。顔出したいし、着替えたいしさ」
「宿?」
「そう。俺たちみたいな傭兵とか、冒険者とかが溜まり場にしてるとこ。あんたはここで寝れば。明日の朝には⋯⋯戻ると思うから⋯⋯」
 歯切れが悪い言い方だった。アールはぱたんと本を閉じる。それに気づいたザックはギクリと身を強張らせ、まさかな、と言いたげな顔で主人を窺ってきた。
「わたしも行く」
 告げられた言葉にため息をついたザックがあからさまに目を逸らす。
「来ても何もないって」
「お前は物覚えが悪いな」
 アールの瞳が闇夜に爛々と光った。犯されながら告げられた『二度言わせるな』という台詞に思い当ったのかどうかは不明だが、ザックはもう口をつぐみ、わかったと言う代わりに淡々と身支度と済ませていった。
 夜の街は昼と比べると静かだが、労働者が多い中心街は夜でも灯りが絶えない。通りを行き交う酔っ払いにぶつかられながらアールは顔をしかめた。
「こいつらは人間のくせにこんな夜中に何をしてるんだ」
「いろいろ。昼に仕事してる連中って夜しか遊べないだろ。あとは、もうすぐ建国祭があるからその準備とか。この時期なら少ないぐらいだよ」
 ごみごみした街をザックは迷わずに抜けていく。ほとんどが店じまいをすませた市場の中にもまだ煙が上がる屋台があり、その先には旅の道具や武器などを揃えた商店が立ち並ぶ通りが続いた。宿屋を兼ねた酒場が軒を連ねているところへ差し掛かり、この辺りかと思ったところで、路地の奥から野太い悲鳴が聞こえてくる。
 ザックはそれに反応し、すぐさま駆け出そうとして、飛び出してきた男の胸筋に顔をぶつける羽目になった。
「っわ、ぶ!」
「うお! ってなんだザックかよ、帰ってたのかオマエ」
 尻もちをついたザックの腕を引いて起こすのは、服の下からでも隆々とした筋肉が目立つ日に焼けた肌の大男だ。ブラシのように太く密度の濃い髭や茶褐色の肌は山岳に穴を掘って棲むドワーフ族の特徴だった。
 顔は岩のように角張っていて、ぎょろぎょろ動く丸い目は不思議に愛嬌がある。マメだらけの巨大な手でザックの肩を抱いた彼は豪快に笑った。
「たしか王命で賢者を連れてくるだか何だか言ってなかったか? もう会えたのか? ⋯⋯ああいや、違う、そんなことを言ってる場合じゃねえんだった。淫魔だ、ザック! おれはこの目で見たぞ!」
「淫魔?」
 ザックはぴくっと肩を跳ねさせ、つい後ろのアールへ視線を滑らせそうになったが、それに耐えて聞き返す。
「淫魔って、この王都に? 結界が張られてて、淫魔は入って来られないんじゃ?」
「さあ、おれは魔術師じゃねえから知らんが、アイツはどう見ても淫魔だった! 人間を犯してやがったんだ。連中の術が効きづらいオマエなら相手できるかもしれんが、どうにも強そうなヤツだったぞ」
 大男が今しがた駆けてきた路地を指さす。暗がりの向こうには何も見えなかったが、彼が嘘をつくような人間ではないことを知っているザックは頷き、一歩前に進み出た。
「わかった、行ってみる。バラスおじさんは憲兵を連れてきて」
「ああ、気をつけろよ。おれのやった剣は提げてるか?」
「もちろん」
 ザックは腰に吊るした剣を叩いて笑い、大男に一度大きく手を振ってから駆け出す。バラスと呼ばれた彼は少しだけ心配するようにザックの背を目で追って、それから別の方向へと走っていった。
 路地は細い一本道だ。落ちているゴミや布切れに足を取られそうになりながら進んでいくと、やがて開けた場所に出た。そこで繰り広げられていた光景にザックは息を呑む。
 数名の男女が死んだように横たわっていた。彼らはよく見ると腰をかくかくと揺らしながら痙攣している。陰部からは白濁を溢れさせて一様に蕩けた笑みを浮かべていた。人間たちの中央でたった今貫かれている最中の男が、血走った目に涙を浮かべてザックを見る。
「あん? 何だ、てめえ。どっから入ってきた?」
 男を犯している怪物がこちらを向いた。
 光沢を放ってぬめる赤黒い肌に、螺旋を描く牡山羊じみた対の角。その先端には穴が開き、見たこともない意匠の宝石がはめ込まれてとりどりに光っていた。裸にも見える隆々とした肉体には謎の紋様が蠢いている。二足歩行の足は山羊のそれで、ずるりと獲物から引き抜いた陰部は恐ろしいほど大きく、毒々しい紅色に染まり、数珠のように連なりながら先端へ向かうほど膨らんで反り返っていた。
 醜悪な造形は、それが人間ではないことをひと目で感じさせる。紛れもない淫魔だった。
 ザックは躊躇わずに剣を抜き、中段の構えを取る。
「どっから入ってきたって聞いてんだよ、ウスノロ。でもまあいいや、餌が増えた⋯⋯つっても、その後ろのはヒトじゃあねえな?」
 怪物は臨戦態勢のザックに頓着したようすがなく、悠々と股間を扱きながら、ついてきたアールへ視線を向けて嘲るように口もとを歪めた。
「半淫魔。ヒトの胎から生まれた出来損ないってか。てめえみたいなのに用はねえから、このアルプ男爵様の前からさっさと失せなっ!」
(アルプ⋯⋯男爵?)
 キキッと金属が擦れるような甲高い笑い声を上げて、アルプと名乗った淫魔はその艶やかな尾を地面に打ち付けた。淫魔の口から爵位のようなものを聞くのは初めてだったが、疑問を一旦棚上げしたザックは静かに間合いを詰める。
 ザックの気迫を読んでか、アルプは牙を曝け出してますます耳障りな声で笑った。
「キキィッ! やろうってのか、餌風情が。いいぜいいぜ、まずはてめえをグズグズになるまで犯してやるよ!」
 アルプが空中に術式を描く。それは初歩的な縛術で、単純な分だけほんの数秒で効果を発揮した。ザックが勢い良く踏み込むが、その手が届くより先に彼の身体は縛り付けられる。後はアルプが好きに料理するだけ、のはずだった。
 が、その予想は裏切られる。ザックが止まったのは数瞬にも満たず、進んだ勢いをそのままに剣は力強く振り下ろされた。
 研ぎ澄まされた剣先がアルプの肩から腹を袈裟切りにする。裂けた肉から噴き上がったのは血液ではなく、炭のような黒煙だった。
 耳を劈く絶叫が迸る。
「ギャアァアアアァァッ!!!」
「っ!!」
 その悲鳴は、まるで鍛冶屋の武器という武器をでたらめに打ち鳴らしたかのようで、さしものザックも咄嗟に怯んだ。その機を逃さずにアルプは獣の俊敏さで後退する。四つん這いになって身を屈め、ギラギラと光る赤い眼で憎しみを込めてザックを睨んだ。
「痛ぇっ⋯⋯イテェよ、このクソがッ! やってくれやがったな⋯⋯このアルプ様の身体にキズをっ!!」
「ザック、逃がすな」
 負傷した淫魔が逃げる気配を察したアールが短く命令する。しかし、今度こそアルプは怪音波のような威嚇をその喉から響かせて近づこうとしたザックを結い留めた。
「覚えたぜ、『ザック』⋯⋯精々覚悟しておきなッ」
 アルプは風のような速さで路地に身を躍らせる。あっという間に見えなくなった影にザックは歯噛みしたが、意識を切り替えて広場を見渡した。
 合わせて五人、いずれも年若い男女が転がっている。彼らは耽溺したような笑みを浮かべながら「イク」「アルプ様」とうわごとを漏らし続けていた。唯一最後に犯されていた男はまだ理性があるように見えたが、怯えの色が強く、とても話はできそうにない。
 間もなく憲兵が駆けつけるだろう。アールの魔眼を見られたら犯人だと間違われかねない。ザックは主人を連れて足早に広場を後にした。


「はー⋯⋯つっかれた⋯⋯」
 宿の一室で低くぼやく。室内はザック一人きりだった。
 あれからアールは探したいものがあると言ってザックと別行動を取った。危険じゃないかと顔をしかめるザックへ、彼は「さっさと寝ろ」と捨て台詞を吐いていった。
(淫魔が王都にいるっていうのに、平気でうろつくんだもんな。⋯⋯半淫魔は狙われないみたいだから、大丈夫なのかもしれないけど)
 ベッドに横になりながらまどろむ。そう、この王都に淫魔が出たのだ。
 ありえないことだった。王都は聖なる結界で保護され、どんな邪悪なものも立ち入ることができないと言われていた。実際にザックは街の中で淫魔を見たことがなかった――今日この日までただの一度もだ。
(どうしてなんだ⋯⋯? あの淫魔は一体どこから⋯⋯、ふ、ぁあ⋯⋯)
 大きな欠伸が出る。疲労がたたってか、昼間にあれだけ眠ったのにもう瞼が重くなってきていた。
 慣れ親しんだシーツに、少しだけ黴臭い古びた建物の匂い。淫魔のことは気になるがもう夜更けだ。あとは眠るしかない状況のはずなのに、なぜか胸騒ぎがして何度も寝返りを打った。
(なんか⋯⋯なんでか、眠っちゃいけないような⋯⋯気がする。どうして⋯⋯)
 起きていなくてはならない。頭のどこかでそう思うのに、少しずつ意識が薄れていく。
 どう足掻いても迫ってくる眠りに抗うことはできなかった。不可思議な焦燥に駆られながら、ザックはゆっくりと目を閉じて――暗い夢の中へと沈んでいった。


 ぎし、とベッドが軋んでいる。
 薄っすらと目を開ければ、見慣れた天井があった。王都の宿ではなく実家だ。
 知り合いの木こりから譲ってもらった木材で、村の人間総出で建てたというこの家は、梁に立派な太い木が使われ、いつも香ばしい香りが家中に広がっていた。
 高い天井へ顔を向けていると「なに見てるの」という拗ねたような声が聞こえる。
 視線を落とせば、幼馴染の女性がいた。
 ザックと同い年の彼女は男勝りで狩りがうまく、よく弓の扱いを指南してもらっていた。短髪だったのもあり、気になる異性というよりは気の合う友人として長い時間を過ごしてきた相手だ。
(そういえば、俺が村から出るときに髪を伸ばしたいって言っていたっけ⋯⋯)
 そう思うや否や、彼女が髪紐をしゅるりと解く。肩よりも長く伸びた赤毛が細くしなやかな鎖骨を彩るように垂れ落ちた。彼女が裸であること、そして自身もまた裸であることに、ザックは少しの違和感も抱かなかった。
「どう? 少しはキレイになった?」
「⋯⋯何が?」
「何がってアンタね。女の子が目の前でこんなになってるのに、その言いぐさはないでしょ?」
 彼女が苛立ったときにしてみせる、髪を掻きむしるような仕草が懐かしくて、ザックはふっと笑った。それから身を起こそうとする。ここが自室なら、弟や妹がすぐそばにいるはずだ。久しぶりに彼らの顔が見たかった。
 しかし、それを遮るように彼女が腕を置く。彼女の髪がカーテンのように垂れ落ちて視界がオレンジ色に染まった。
「ザック。アタシを見てよ。アタシの恥ずかしいところ、全部、見て」
 そう言って、彼女が慎ましやかな胸を掬い上げるように主張する。小さな乳首がツンと立ち上がったそこが見ているうちにふわふわと膨らんで、ザックの好みの大きさまで育った。
「触って?」
 手を取られて招かれる。指先に柔肉がめり込んだ。
 冗談のように柔らかい。教会で焼かれるケーキよりも、上質な小麦を使った焼きたてのパンよりもずっとふんわりして、温かくて、いつまでも触れていたくなる。
「ぅんっ、そうよ、もっと⋯⋯触って、ザック⋯⋯」
 誘われるように両手を伸ばした。胸全体は頼りなさすら感じるほどに柔らかいが、乳首はほんの少し硬くて、中央だけがぷっくりと膨れている。壊れものを扱うように優しく揉んでいると、彼女が身を乗り上げてきた。
 毛の生えていない陰部が露わになる。ピンク色のクリトリスも、その奥に息づく膣口も、油をぶち撒けたかのようになまめかしく光っている。
「ねえ、挿れてよ、ザック。アタシの処女オマンコ、チンポで貫いちゃってよ。ね⋯⋯」
 ザックの陰茎はいつの間にか張り詰めていて、先端がぴちゃっと押し当てられると思わず腰が浮いた。彼女は淫らに喘ぎ、その性器から夥しい量の愛液を滴らせている。白濁した汁がどろりと垂れてザックの腹へまで落ちかかっていた。
 そう、腹まで。
(――、⋯⋯あれ? ⋯⋯ない⋯⋯?)
 傭兵稼業で鍛えた腹に浮かび上がる、おぞましいあの紋がない。
 アールの紋だ。ザックを奴隷だと言った。淫魔に対抗するために。家族を、守るために。
(⋯⋯淫魔。そうだ、王都に淫魔が、)
 ざあっと意識が晴れていく。これは夢だ、と認識した瞬間に、目の前の彼女の目がつり上がってグニャリと歪んだ。その肌の色が赤黒く変わっていく。
「どこまでも手間かけさせやがって、このクソがッ!」
 金属を乱暴に打ち鳴らしたような怒鳴り声と共に、ザックはベッドから蹴り落とされた。硬い地面に身を打ち付けたかと思うと、両手両足を床へ固定され、床だったものが跳ね上がって強制的に立位を取らされる。
 かろうじて自由な首を動かして振り向くと、そこにはあの淫魔――アルプが立っていた。
「お目覚めだな、ザック。ったく、気持ちイイ夢からゆっくり落としてやろうと思ってたのによ。ムダに魔術の耐性高えし、いい加減に腹が立つぜッ!」
 しなやかな尾で思い切り背を打ち据えられる。鞭打ちにでも遭ったような激痛が走ったが、ザックは歯を噛みしめて悲鳴を堪え、相手を睨みつけた。
「お前、どうして王都の中にいるんだ。いったいどうやって、」
 言い切る前にまた打たれる。鋭く尖った尾のかえしが痛烈に肌を割き、細く筋が刻まれたところからじわりと血が滲みだした。
 アルプは尾に付いた血を二股の舌で舐め取りながら耳障りな笑い声を上げる。
「キキキキッ! くだらねえお喋りは後にしようや。まずはこのキズの礼をしなくちゃフェアじゃねえ。そうだろう?」
 夢の中でも黒煙を上げる胸元の傷を指して言う。そこはザックが切り裂いた箇所だった。
 アルプは白い部分がない目をさもつらそうに歪め、演技がかった仕草で「とんでもなく痛えんだ」と肩を竦める。
「この痛み、てめえにそっくり返してやりてえ。倍にして返してやりてえな。どうしよう? どうする? 決まってるさ。ここは夢。夢の世界はオレの世界だ。てめえは無様に犯されて、夜明けには気狂いになっちまうって寸法さ」
「⋯⋯何をしたところで俺は狂わないぞ」
「キヒヒッ。そりゃ、あの半淫魔に付けられてた紋のハナシか?」
 鱗に覆われた冷たい手が馬鹿丁寧な動きでザックの腹を撫でる。そこには何も刻まれていない。あの身を焼くような焦燥感も湧き上がってはこなかった。
「何も分かっちゃいねえな。アレは肉体を縛るだけだ。狂えないって? そりゃそういうカラダの反応を抑え込んでるだけにすぎねえ。だからホラ、意識の世界のてめえは無防備なのさ。助けは来ないぜ? 精々泣き喚いて、オレサマにキズを付けたことを後悔しな、ザック⋯⋯キキキキキッ!」
「⋯⋯っ」
(この淫魔の言うことを信じるな。これは俺の夢で、だから俺の世界でもある。⋯⋯きっとあるはずだ。突破口が!)
 絶望的な台詞を告げられても、ザックは希望を失わなかった。アルプの周囲にあるものを確かめ、今の状況を整理する。そこに何か糸口があると信じて。
 だが、アルプはニンマリと笑みを深め、ザックの背後へとにじり寄った。
「にしても随分と熟れたカラダしてるな。あの半淫魔によっぽど調教されたのか? え?」
 ねっとりとした手つきで尻を撫で回される。不快感に身を捩るが、後ろから押さえつけられるともう動けなかった。曝された首筋を二股に割れた舌がじゅるじゅると啜る。
 びくっと肩が跳ねたのを契機に、濡れたそこへ歯を立てられた。肌に食い込む牙から冷やりとした液体が流れ込んでくる。
「う、ぐっ! やめ、何してっ⋯⋯!」
「オレサマの特製媚毒さ。あんまり動くなよ。加減が難しいんだ」
 アルプがそう言い終わるのを待たずして、背骨が一瞬凍り付いたように強張った。そして、強烈な焦燥感が爆発的に全身へと駆け巡っていく。
「っあ、えっ⋯⋯ひ、ひっ⋯⋯っう゛ぁ⋯⋯ひぃいッ!?」
 痛いほどに鳥肌が立つ。空気が肌を掠めるだけでひりつくような心地がした。
 後ろから首筋にふうっと息を吹きかけられ、それだけで喉から嬌声が迸る。
「ひっぎぃぃっ!!」
「いい感度だ。仕上がってんな」
 作った作品の出来栄えを確かめる芸術家のような口振りで、アルプはザックの身体をくるりと回転させた。目の前の板に拘束されていたはずが、気づかぬうちに可動式のカラクリ椅子のようなものに腰掛けている。
 自由にならない足を割り開かれ、アルプが股間に顔を近づけてくるのを見たザックは死にもの狂いで抵抗した。
「やめっ、やめろっ! イヤだ、近づくなっ、気色悪いぃッ!!」
「無駄なコトだぜ、ザック。言っただろ? ここではオレが支配者なのさ」
 辛うじて動かせていた部分が次々に固定されていく。従順に開かされた腿を撫で上げられて震えた。曝された一物は勃起して先走りに濡れている。そこへ口づけを落とし、キラリと牙を光らせたのを見て、ザックは恐ろしい苦痛の予感に息を詰めた。
 かり、と歯を立てられる。柔い肉を突き刺す痛みに悶絶したが、内腿をわずかに硬直させるので精一杯だった。そして肉の奥へと、あの毒が染み込んでくる。
 ぶわっと汗が浮いた。限界まで目を見開く。息は浅く早いそれに変わり、頬がひとりでに紅潮した。
(あッ⋯⋯つ、ぃ、あっ⋯⋯あづぃぃい゛っ⋯⋯!!)
 ザックの身体の反応をつぶさに見守り、眼前で悪魔よろしく口の端を吊り上げたアルプは、シーツの端を丸めてザックの口へと押し込むと、自身は近くの椅子へ腰かけていつの間にか出現していた本棚から見知らぬ一冊を取り上げた。
 本のタイトルは『記憶』だ。表紙にはザックの掛け替えのない家族が――弟や妹、母や父や祖父母の絵姿が大写しになっている。
(み、るなッ⋯⋯見るなぁああっ!!)
 大声で叫び出したい。が、喉の奥まで埋め込まれた布地に吸われて、滑稽な呻き声にしかならなかった。身を捩らせるとそのたびに汗が伝い落ち、肌を滑る感触だけで背筋に痺れる疼きが走る。
(熱いっ⋯⋯熱い゛いぃっ! 腰がっ⋯⋯チンポがっ、焼けッ⋯⋯ッ!!)
 毒を直に流し込まれた陰茎はもっとひどかった。壊れたように絶えず汁を溢しながらそそり立ち、その脈動は腹へまで響いてくるようだ。縛られていなければ自慰を覚えたての猿のように扱いているだろう。
 マグマのように煮えたぎった精液が精嚢の奥でたぷたぷと揺れている。袋は子種でミチミチと膨らみ、今にもはち切れそうだった。もしも今誰かに触れられたら、捏ねられたらどうなるか。その想像は途方もなく甘美で、それ故に恐ろしかった。
 アルプが本から顔を上げる。汗みずくのザックと哀れにも膨れ上がった一物に笑いかけた。
「触ってほしいよなあ」
「ぅ、ふぐっ、う゛うぅ~~っ⋯⋯ッふんぎぃい゛っ!! ヒグッ!! ぎ、ひっ⋯⋯ぐうぅウ゛ゥ⋯⋯ッ!!」
 ぴん、と指先で弾かれる。それだけで視界が真っ白に染まった。射精のような先走りが勢い良く飛び散って腹を汚していく。アルプは心底愉快そうに笑い転げ、目じりに浮かんだ涙を拭いながらザックの顔へ舌を寄せ、玉のような汗を掬って舐めた。
「チンポが泣いてるぜ。誰でもいいからコスコスしてぇ、ってな。そうだろ?」
 潤んだ目をつり上げて睨むザックに、アルプはその口の布を取り去ってやる。布はたっぷりと唾液を吸って重く、ようやく喉が自由になったザックは咳き込みながら怒鳴った。
「ふざ、けるなっ! お前なんかにっ⋯⋯お前みたいな最低の淫魔に、触られたいわけないだろっ!」
「あ、そう。じゃあ、別のヤツにする?」
 そう言って、アルプはパチンと指を鳴らした。開いたドアから何人かが入ってくる。その顔ぶれにザックはぽかんと口を開けた。
「⋯⋯兄ちゃん?」
「ザック兄ぃ⋯⋯」
「なに、してんの⋯⋯? お兄ちゃん⋯⋯」
 目の前にいるのは、最後に会ったときのままの愛しい弟妹だ。エディ、ヒュー、ベティ。ザックが自身の命よりも重いと心から思う存在が、驚きと嫌悪に染まった顔で横たわる兄を見下ろしていた。
 言葉を失う。は、は、と息を吐く音だけが耳に木霊する。彼らはのろのろとザックのそばへ歩いてきた。そして兄の性器を各々見つめ、顔を、手を近づけようとする。
「――ッや、触るなッ! やめろっ! エディ、ヒュー、ベティッ! 出て行け、やめろったらっ⋯⋯ひィッ!!?」
 上の弟であるエディが、亀頭を親指と人差し指で強く抓った。あまりの衝撃にガクンッと仰け反る。言葉が紡げないザックを放って、長女のベティが玉袋をぐいっと引っ張った。
 下から持ち上げてぐにぐにと揉み込む。会陰を押し上げながら、絞り出すように、潰すようにしつこく捏ねてくる。突き刺すような性感にザックが奇声を上げて身悶えると彼女は眉間に皺を寄せた。
「お兄ちゃん、妹にチンポ触らせて感じてるの? 気持ち悪ぅ」
「~~ッ!! っぎ、ぃあ゛、がっ⋯⋯は、ひっ⋯⋯!」
「ヒュー、この先っぽのぱくぱくしてるとこ、舐めてみろよ。兄ちゃん悦ぶかもよ?」
「ん⋯⋯わかった」
 エディに唆された下の弟のヒューが陰茎へと舌を沿わせてくる。幼い弟に性器をしゃぶられるという、そのあまりにも倒錯的な光景にザックは脳天を打ち据えられたような心地になった。
「やめろおぉぉお゛ッ!! やめてくれっ、やめてっ、こんなッ⋯⋯いやだぁあ゛ああッ!!」
「兄ちゃん、うるさい」
 力任せに根元を握り締められてもんどりうつ。うっ血するほどの締め付けでも、敏感になりすぎた性器にはただの褒美だった。尿道に残ったカウパーがだらだらと押し流される。だらしなく漏れ出るそれを啜り、ヒューが尿道へと舌を滑り込ませると、ザックは悲鳴を上げて泣きじゃくりながらアルプを見た。
「やめさせてくれっ!! イヤだッ、弟がっ、妹がぁ、こんなことおかしっ、ひぃいッ!!」
「そう言う割には善さそうだなあ」
 ザックはがたがたと首を振る。が、アルプの言うとおり、媚毒ですっかり蕩かされた陰茎はもたらされた刺激に涙をこぼして悦び、今にも精を吐き出しそうなほどにびくびくと震えていた。
 狭い尿道をぬるつく舌がぞりぞりと行き来する。普通の人間ではありえないほど深く、奥の奥まで舐めしゃぶられているのに、ザックはそれに気づくこともなくただ嗚咽して声を殺した。
「じゅる、ずるるっ⋯⋯っふ、ザック兄ぃのチンポ、エッチな味がする⋯⋯」
「兄ちゃん、もう出そう? ほんとにヒューの顔に精液出すの?」
「あはは、玉がイキモノみたいに跳ねてる。お兄ちゃんってこんな変態だったんだ」
(ゆっ、夢、これは夢ッ、ちがうっ、弟たちじゃな⋯⋯んひい゛ぃいッ!! 先っぽズルズルやめっ、ヒュー、頼むからッ⋯⋯あはぁあ゛ッ! 裏筋ぐちゃぐちゃ扱くの無理ぃッ!! 玉潰すのやめでぇえ゛ッ!! エディっ、ベティぃ⋯⋯ッ! お願、母さっ⋯⋯)
 咄嗟に縋ってしまう。ハッとしたがもう遅かった。
 再び扉が開かれる。そこに立っている人物は容易に想像がついたが、もうザックは顔を上げなかった。
「ザック⋯⋯下の子たちにオチンポ奉仕させるなんて⋯⋯何てひどいお兄ちゃんなの」
「見損なったぞ、ザック。おまえをこんなスケベの変態野郎に育てた覚えはない」
 ツンと鼻の奥が痛む。誰よりも焦がれた父の声を、こんな悪夢の中で聞く羽目になるとは思わなかった。
 快感と羞恥と絶望がない交ぜになって胸に満ちる。せめてその姿だけは見ないようにと顔を背けたが、無理矢理顎を捕えられてキスされるともうどうしようもなかった。
 頭の上でアルプが口笛を吹くのがいやに空々しく響く。
「美しい家族愛ってやつ? まあそれも、性欲の前じゃチリみたいなもんさ」
「んぶっ、うふぅ、んむぐっ⋯⋯んう゛ぅぅっ、ひゃめ、父さっ⋯⋯んぐぅう゛っ!!」
 分厚い舌が唇を割り入ってくる。じゅるじゅると唾液ごと舌を吸われ、生い茂った髭に肌を削られるのを懐かしく感じながら、父の硬く太い指が後頭部を撫でるのに泣きそうなほど嬉しくなった。
(や、だ、喜びたくないっ、父さんじゃないっ、ちがうのに⋯⋯ちがうのにぃぃっ⋯⋯)
 ずっと会いたかった。頭を撫でて、褒めてほしかった。家族を守る約束を果たして偉い、おまえはよくやっていると、たった一言でいいから認めてほしかった。
 今、ザックを強く抱きしめ、その唇を蹂躙しているのはただの幻だ。ザックの記憶をなぞって作られた粗悪な偽物にすぎない。わかっているのに涙が滲んで止まらなかった。
 いつの間にか拘束が解かれている。空っぽになった後ろから、アルプがひたりと一物を押し付けてきたのがわかった。
 逃げたいのに父の腕が、母の声が、弟や妹の指先が、ザックを掴んで離さない。
「ふ、う゛っ⋯⋯うう゛ふぅッ、んんん゛ぐっ!! っぷぁ、あっ、ひ、イ゛ッ⋯⋯ん゛っほぉお゛ぉおお゛ォオ゛ッ!!」
 太く硬いモノに貫かれる。数珠のように連なった膨らみが中を容赦なく捏ね潰し、引き抜くときには繊毛が内膜を引っかいて後を引く痒みを生み出した。喉から飛び出た声は発情期の犬よりも間抜けで、目の前の母が呆れたように笑ってみせる。
「やだ、お兄ちゃんったらひどい声」
「全くおまえみたいな淫乱に母さんたちを任せたおれが馬鹿だった」
「あ゛うぅっ、ひぃい゛ッ、んぎぃイ゛い゛いっ!! ほっぉ、お゛、おふゥう゛うっ!! あ゛ァッ、や゛べ、抜き差じやめ゛っ⋯⋯ほぉん゛っ! お゛ほっ! おう゛う゛ぐゥうう~~っ!!」
「兄ちゃんのマンコ、すっごいグチュグチュ言ってら」
「白目剥いてカッコ悪ぅ~」
「ザック兄ぃは⋯⋯ボクたちよりエッチなことのほうが好きなんだね⋯⋯」
(ッあ゛、あぁ、あ゛⋯⋯あぁぁぁ⋯⋯っ! 嫌、いやだぁっ⋯⋯弟の、妹の前でっ、家族の前でぇっ⋯⋯いやなのにっ⋯⋯尻ずぽずぽぉ、イ゛ィ、気持ちイ゛ぃい゛っ! ⋯⋯もうイ゛くっ、イぐっ、いぐぅぅう゛っ⋯⋯!!)
 キキッと後ろで笑うのが聞こえる。家族の幻影の前だというのに快楽に堕落し、みっともなく絶頂しようとする浅ましいザックを嘲笑っているのだろう。
 だが、笑われても仕方がない。弟や妹の手で高められた陰茎は粘っこい涎を垂らしながら射精だけを求めてガチガチに硬くなっている。呆れ果てたような顔をする母や、髭についたザックの唾液を舐め取る父の前で、淫魔の極太のチンポをハメられて惨めにイきそうになっているのは他ならない自分だ。
(⋯⋯も⋯⋯、こ⋯⋯こんな、のっ⋯⋯兄貴、失格ぅ⋯⋯俺ぇっ⋯⋯あへっ、気持ちぃ⋯⋯セックスぅ、チンポぉッ⋯⋯えへへぇっ⋯⋯)
 張り詰めていた糸がプチプチと音を立てて切れる。思考が泡のように溶けていく。
 酩酊に似た感覚が次第に強くなっていた。酒と違うのは、もう戻れないのがわかることだ。この悦楽に浸ってしまったら二度と浮かび上がれない。セックス気持ちいい、チンポ大好き、それきりで終わってしまう生温く澱む肉欲の沼だ。
(もぉら゛めぇッ、気持ぢぃひィい゛ぃ~~⋯⋯っ!! イっ、く、いぐっ、えへぇっ、壊れっ、はへっ⋯⋯おれ、性、奴隷っ⋯⋯ただの⋯⋯っ⋯⋯つかえない、奴、隷⋯⋯)
 意識が沈む。夢の底へ、無意識の狭間へと落ちていくその寸前で、『奴隷』という言葉に誰かの声が脳裏を過ぎった。
 良い奴隷になる、と約束した。本当は奴隷なんて御免だったけれど、それしか選択肢がなかったから、というだけの決断だったけれど、それでも今、ザックは彼の奴隷なのだ。
(⋯⋯あー、る⋯⋯)
 絶頂の瀬戸際で名前を呼んだ。あとほんの数秒で快楽に呑まれ、消失してしまうだろう瞬間にそれだけを思うことで、かろうじてザックは意識を保つことができた。
 その数瞬で十分だった。
「――がッ!!」
 後ろから悲鳴が上がる。同時に空間に風穴が空き、家族の姿が急速に薄れるのがわかった。
 一物がずるっと引き抜かれる。襲う刺激に濁った声を上げて倒れ伏したザックの前で、アルプの身体が氷の柱に貫かれるのが見えた。
「がはぁあッ!! ば、馬鹿なっ⋯⋯ありえねえっ!!」
 動転したようすのアルプが、自身の腹を裂くモノを引き抜こうと躍起になる。だが、続けて肩、腿、腕と貫かれると、目を見開いて悔しげな表情を浮かべた。
「畜生ッ! あと少しだったのにッ! あの半淫魔⋯⋯クソったれぇッ!!」
 罵るアルプの身体に空いた巨大な空間。その先に見えるのは見知った場所と――煌く血染めの眼だった。
 横たわるザックと視線を合わせ、ふっと細められる。呼びかけるのも間に合わず、アルプの姿が霧散すると共に、おぞましかった夢の世界も砂糖細工のように溶けて消えた。

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